奄美専門チャンネル「南の風」~4月21日


日本でそして奄美でさえも珍しい奄美に特化した番組「奄美専門チャンネル~南の風」(2018年度からは専門チャンネルと名前を変更しました)
ここでしか聞けない奄美の唄者の声や情報が満載です!!
毎月第3土曜日夕方5時からの放送です。ぜひお近くの奄美を中心とした島の出身者にお伝えくださいませ。パーソナリティは大橋愛由等さんです。
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2018年4月の放送についてです。今回は奄美にとって飛躍の年になるであろう2018年について語りました。農業や文化についても語っています。

「沖永良部島の港から出荷される子牛たち。こうした子牛たちを購入した神戸・但馬の肥育農家が丹念に育て、サシの入った「神戸ビーフ」となる」by大橋愛由等
「沖永良部島の知名町田皆集落のバレイショ畑。風が強いので風よけネットを張っている。こうした圃場への造作はこの島の人ならではの細かな気配り」by大橋愛由等


かたり/01〈飛躍の年として期待あつまる2018年〉
去年3月から就航を始めたLCCバニラ・エアの関空―奄美大島間の飛行機便。2年目に向けてさらに搭乗者が増加することが期待されます。しかし同時に観光客が増えたことによって、さまざまな問題も浮かび上がってきました。
1.その第一は、奄美大島の中心都市である名瀬地区のホテル客室が不足しているということです。1月に私も名瀬でホテルを予約しようとしましたが、観光客+冬のスポーツ合宿で主だったホテルは満席となり、地元記者に協力してもらって、ようやく民宿を予約することができました。奄美側もホテルの新増築に着手しているようですが、大口の団体客が来島すると、不足気味になることは予想されます。
2.今のところ、奄美大島への来訪者は増えていますが、奄美群島には8つの有人島があり、他島への観光客の誘致も課題となります(徳之島は独自に本土と直結する路線開設を模索していて、沖永良部島は沖縄本島と結ぶ航路が開設される予定になっている)。
3.世界登録自然遺産が登録されると、さらに観光客が増えることが予想されるために、受け入れ体制の整備が急務となっています。
かたり/02〈いよいよ「西郷どん」が奄美篇に〉
NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の放送がいよいよ奄美篇に突入します(5/13-7/1)。さてどのように奄美を描くのか興味があるところです。放送で話される言葉はどうするのでしょう。NHK大河ドラマの幕末編では薩摩言葉と、長州言葉は、「方言指導」がだいたいにおいてつくのですが、奄美のシマユムタは薩摩言葉と異なるので、標準語で喋られると、引いてしまいます。
その言葉をはじめとして、奄美そのものをどのように描くのか、興味があるところです。
かたり/03〈奄美農業の最新情報
奄美の基幹産業は農業です。かつて隆盛だった紬産業も、和服業界全体の低迷化とともに、勢いを失ったままです。沖縄のように観光が主産業のひとつとなるのには、もうすこし時間が必要です。
こんな意味から、奄美にとって農業の話題は大きな位置を占めるのです。去年から今年にかけての奄美農業の特色をさらっとまとめてみましょう。
1.奄美は本土より暖かい土地柄なので、米作に向いていそうに思われますが、現在米作はほとんど行われていません。地元新聞(南海日日新聞)を読んでいると田植えそのものが記事になるぐらいなのです。これにはいくつか理由があり、A/圃場そのものが、畑用になっている(畦の高さなどが違う)。B/水利の関係。奄美には大きな河川がすくなく使用できる農業用水を確保するのに苦労する。C/夏から秋にかけて奄美群島は台風がたびたび襲来するため、農作物への被害も甚大となる。奄美はコメの二期作は可能だが、夏を避けざるを得ないのです。
2.今年の奄美産の農作物ですが、黍は糖度が低く、バレイショも価格が低迷していました。一方で食用ホロホロ鳥の飼育が与論島で進められています。ホロホロ鳥は、フランス、イタリア、スペインなどで食用として人気で、最近日本でも需要が増えています。肉質も癖がなく料理しやすいのが特徴です。与論産ホロホロ鳥がブランド化するかもしれませんね。
3.奄美は畜産業も盛んです。最近でも仔牛一頭に百万円の値段がついたと沖永良部島の友人が語っていました。ちょうど今年一月に沖永良部島から徳之島に向かうときにも、本土に出荷される仔牛たちが船に積み込まれる様子と出会いました。奄美は主に、肉用牛を産んで仔牛の状態で出荷する役割を担っていて、そうした仔牛を購入した神戸や但馬にある肥育農家が、育て、サシの入った「神戸ビーフ」の牛に育て上げるです。
かたり/04〈奄美の演劇〉
奄美に「稀(まれ)」という劇団が誕生したそうです。奄美はかつて演劇がさかんな土地柄でした。それは奄美が米軍政下にあったアメリカ世(1946-1953)に、伊集田実ひきいる熱風座をはじめとしていくつかの劇団が活躍していました。米軍政下では、日本本土への渡航が制限され、日常の必要物資も闇船を使ってでないと入手しにくい不便さをかこっていたいたのです。奄美の人たちはそうした不便を逆手にとって、外からの物資や文化的刺激がないなら、自分たちで創造しようという気概に満ち、劇団活動をはじめとして、文化活動が盛んになり、「奄美ルネッサンス」と呼ばれる文化の隆盛期を作ったのです。さてこの劇団「稀」、どのような活動をするのか興味のあるところです。