東日本大地震の被災地レポート(山形〜仙台〜塩竈〜松島)


日比野@FMわぃわぃです。被災地支援活動を今後の本格的に展開していくために3月23日から26日まで被災地を訪れています。

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昨日(3/23)、大阪から空路で山形に入った。空港から直接、フィリピン人コミュニティの教会であるカトリック新庄教会に向かいました。ここには福島から被災したフィリピン人家族が一世帯避難している。新庄教会は元幼稚園を改装したばかりで、さらに30名くらいのフリンピン人の受け入れが可能である。近くにフィリピン人の方がいたら伝えてください。連絡はカトリック山形教会の本間神父さんまで。電話080-6016-8088

今日(3/24)は、今朝6時から開通した高速道路で山形から仙台に向かった。途中、高速道路の給油所でガソリンを給油。一台2000円まで。でも3時間待ちの列の街中の給油所に比べれば、並んだ時間は30分のみ。

仙台ではカリタス・ジャパンの救援センターに。本部を市内におき、ボランティア基地を被害の大きい塩竈市と石巻市に設けて、地元の社会福祉協議会と協力してボランティアが津波の被災地で支援活動を行っている。教会に寝泊まり可能なボランティアを募集中 090-1217-3233 sendaidsc@gmail.com


昼食後に仙台市宮城野区の修道会を訪ね、救援活動をしているシスター達に話を伺う。修道会のネットワークで救援物資が全国から届けられ、それを塩竈のボランティア基地に持って行き、そこから社会福祉協議会を経由して被災者の手に届けられる。ただし、まだ被災地外から仙台に小包が届くのは、佐川急便と西濃運輸と郵便小包しかなく、それもそれぞれの配送センターに受け取りにいかねばならない。ガソリン不足で宅配ができないのだ。シスターとともに佐川急便の配送センターに救援小包を受け取りにいったが、順番待ちの車の列が長~く続いていて、今日は受け取りを断念をした。

仙台市内から塩竈に入ると、町中の様子が一変した。水に浸かった家々からの家財が道路沿いに出されている。ここの津波にさらわれたのではなく、津波に押し寄せられて水を松島湾が受け止め、でも受け止めきれなかった水が町に流れ込み、家々が床上浸水したのだ。

カリタス・ジャパンの塩竈のボランティア拠点となっているカトリック塩竈教会には、地元と被災地外からの合計10人くらいのボランティアが寝泊まりをいる。社会福祉協議会のボランティアセンターに毎朝通って、多賀城など津波の被害のひどい地域で、必死に活動をしている。今日は100人くらいが活動に参加したそうだ。

塩竈から国道45号線を松島湾沿いに松島町へ向かうと、津波の爪痕がさらにひどくなる。道路脇に何籍もの小型船が打ち上げられ横たわっている。どこからか流されてきた家が他の家にぶつかっている。あまりにひどい。

少しずつ日常生活に戻りつつある仙台の中心地を離れ、多賀城市、塩竈市、利府町、松島町と北東に行くと開業している店は少なくなり、食事ができる店もめったにない。店が空いていてもガソリンがないため車を使えず、そこに行けないのだ。ガソリン不足が人々の立ち上がる速度にブレーキをかけている。

夕方に松島町でひょうごボランティアプラザと楽天による炊き出しに神戸から参加しているたかとりコミュニティセンター(多文化プロキューブ)のインターンの大学生に電話をした。松島町の副町長さんは16年前にたかとりコミュニティセンターの前身のたかとり救援基地で役所を休んで救援ボランティアに来てくれた方で、16年の月日を越えて新旧のたかとりボランティアが被災地で出会ったそうだ。たかとりの原点と、原点の精神を持つIさんが出会えて本当によかった。明日は私たちも、松島町役場を訪ねる。