(写真はご自宅でのもの。左が鄭弘美さん、朝鮮学校の教師をされている長女、右は校長先生。)
2011年10月15日土曜日12時からの「KOBEながたスクランブル」の13時からはじっくりとお話を聞くゲストコーナー。
今日のお話は、9月24日に仙台で開催された「市民メディアフェスティバル」へ参加、そのおり八木山の宮城朝鮮学校の尹校長の自宅に泊まらせていただき、校長夫人で宮城県朝鮮商工会にお勤めの鄭弘美さんに取材させていただいたものです。
お話の内容は、「宮城での在日コリアンの生計の神戸との違い」、そして「3月11日当時の仙台市内の様子」、また「被災地の中にいると、全くわからなかった沿岸部に支援に行ったときのあまりのことに言葉を失ったこと。」
また通常はそんなに気にしてはいなかった、災害時にいただいた大きな愛で満たされた同胞の支援そして感謝の思い、絆!!」
「時間のかかるであろう復興への長い道のり、その渦中にある被災地のものにとって、くじけそうになるとき、何が一番の心の後押しになるのか、、、」それを語っていただきました。
八木山の上にある宮城県朝鮮学校。被災し、炊き出しもし、避難者も抱えながら、しかし行政の避難所の指定は受けられなかっので支援物資はすべて、善意の方々からのもののみでまかなわれた。写真は職員室の様子。立ち入りは危険!
兵庫県のボランティア団体からの励ましのパネル。
韓国でもニュースチャンネルで被災した朝鮮学校の様子は報道された!そのため韓国の有名な仏教会の人々が義援金400万円を持参して訪問された。
仮の職員室で先生達と。