「音源ライブラリ「長田今昔物語」」カテゴリーアーカイブ

「長田今昔ものがたり」第80話

第80話 須磨浦海岸・海の底まで変える(閑話休題) 2018年1月20日放送

昨今の須磨海岸も変わりました。沖合いの「遠浅(とうあさ)」を作る工事が終わったのです。神戸市が昭和52年(1977年)に始めた海岸整備事業、震災で中断してたものが再開され、昨年完成しました。防潮堤を含み100mくらいの広さで、波うちぎわから30~50mは深く、その先は浅く、おとなの胸の高さくらいで、泳ぎが楽しめます。工事で海の底まで変わりました。近くには、わずかですが漁船の「船だまり」があったり、のり工場があったりで、海岸にはヤシの木まであって、ヨソの国に来たみたいです。夏の海水浴が楽しみです。普段の日でもカラー道路を目印に海岸を散歩ください。


80話 須磨の浦、遠浅を作るために砂を注入する工事、2017年5月頃終了

「長田今昔ものがたり」第79話

79話 被災者・オーナー・住民 2018年1月13日放送

ワダカンの個人的な復興体験から、2017年で一つの段階が終わったと感じています。関係者から依頼され、大きな借金をし、16戸(5階建)の「借上げ復興住宅」を建設して、神戸市に20年間運営してもらいました。昨年、従前の居住者は円満に退去、当方の経営となりました。この時点で、1998年に近隣の被災者として入居された方はどなたも残っていませんでした。16戸を改装し募集したところ、幸いにも全戸うまり、若い人が多い住宅となりました。むかしながらのコミュニティーが残る町ですが、あたらしい住民にも、長田を知ってもらう努力が必要です。第2段階に入った復興もしっかりやりたいです。震災シリーズのお話はこれでひとまず終わります。


79話 近隣のコミュニティースペースに咲く「ろう梅」

「長田今昔ものがたり」第78話

第78話 須磨の山津波・水害・災害 2018年1月6日放送

須磨寺の古文書「当山歴代」でも、中世から江戸時代にかけて洪水・水害の記述があります。近代に入っても、神戸は昭和13年、36年、42年と「神戸の三大水害」に見舞われています。「水はもとの川の流れに戻る。」 井上さんは、生田川の水害で、「フラワーロード」に濁流が流れたのを見られています。昭和13年の水害はひどく、616人が亡くなり,9万戸に被害がでました。離宮道は川になったのです。大地震は文禄5年(1596年)に記録されていますが、須磨寺は全山倒壊し、死者も多数でました。その339年後、阪神大震災が起こります。地震対策は進んでいましたが、須磨寺では塔頭(たっちゅう)2ケ寺が倒壊しました。


78話 昭和13年7月5日、一の谷川の氾濫で埋まった一の谷派出所


幾度も氾濫が起きた一の谷川は、現在では護岸も整備され、境川方面に河川バイパスも出来たので、少々の雨でも水量が上がらなくなっている

「長田今昔ものがたり」第77話

第77話 裁判と法律知識 2017年12月30日放送

震災の実体験をお話しします。自分が望まなくても「争いになる」ことがあります。祖父母の時代からお貸ししていた土地、借主が建てていた家屋は、だれが見ても全壊でした。借主は、家屋の中に商品がつまっており、修理して商売を始めるから、「猶予を」の一点ばりでした。付近住民の陳情で行政も来て、弁護士と相談の上、地裁に裁判を起こさねばなりませんでした。当然勝訴するのですが、弁護士費用も、取り壊し費用もこちらが負担せざるを得ませんでした。放送では、土地の所有者から訴えられ地裁で勝つのですが、高裁では示談を勧められたケースを話しています。「裁判」に巻きこまれることもあるのです。


77話 米国裁判体験も話しています。

「長田今昔ものがたり」第76話

第76話 働き過ぎ 2017年12月23日放送

震災後、あと片付けや会社の仕事、休日の震災復興のミニコミ誌つくり、住宅建設の相談、「いっこも疲れへん」と思いました。近所の電気屋さん、工事注文がひっきりなしに来ます。やさしく、まんべんなく、親切に対応されました。結局は健康を害されました。近所のうどん屋さんはプレハブを借り、本建築の賃貸ビルができるまで、休日なく働かれました。復興工事の方が多く、おおにぎわいでした。ビル移転後、やはりからだをこわされました。「自分がスーパーマン」になったように仕事がこなせます。俗にいう、「気持ちがはっている」のです。がんばりの中にも「しばしばの休憩」をお勧めします。


76話 スイスのレスキュー隊もしばし休憩(1995年1月20日自宅近所)

「長田今昔ものがたり」第75話

75話 神戸の乗り物と交通事情(閑話休題) 2017年12月16日放送

震災のとき、神戸の乗り物は、JRが4月1日の全面開通、山陽が6月に須磨まで、高速鉄道の大開駅は復旧に長くかかった。あのときは乗り物のありがたさを感じた。歴史的には、乗り物は、かご~人力車~汽車~電車~自動車があり、昨今は新幹線まである。神戸は市電が主役で、横並びの「ロマンスカ―」も登場した。車両をもたず、路線だけがある、神戸高速鉄道といった相互乗り入れのお手本もある。ブラタモリに登場したカーレーター(須磨ロープウェイ山上駅と回転展望閣を結ぶ)も「世界一(?)乗り心地が悪い……」と折り紙がついた。最近は、三宮の再開発プランで、路面電車の検討という話題もある。タイヤがついた市電でもいいから、残して欲しいものである。


75話 跨線橋(天神橋)を往くJR神戸線の電車