「音源ライブラリ「長田今昔物語」」カテゴリーアーカイブ

「長田今昔ものがたり」第112話

第112話 長田とユダヤ難民 2018年9月1日放送

杉原千畝(すぎはらちうね)さんをテーマにした記念映画上映会と講演会が、9月22日(土)15時開場で、長田区の「ふたば学舎」であります。「杉原千畝を繋いだ命の物語」がテーマです。ロンドン在住の梶岡潤一監督が、神戸長田に来られます。監督自身、お母さまが神戸におられたり、ご本人が明石で過ごされたりした時期がありました。映画は1941年ころの出来事です。リトアニアから、大陸、敦賀、神戸とやって来たユダヤ難民に、斎藤源八さんという牧師も手をさしのべられました。牧師の教会はホーリネス教団の神戸教会で、戦争で焼失するまで「蓮宮通の御船橋」近辺にありました。長田ともご縁がありました。



112話 梶岡潤一監督(上映会)講演会

「長田今昔ものがたり」第111話

111話 JICA研修と真野の町 2018年8月25日放送

長田は国際性、多文化共生が特徴です。毎年9月には、JICA(国際協力機構)から研修のため、真野(小学校)地区に10名をこえる方がやってきます。テーマは「参加型地域社会開発」で、まる1日の勉強となります。今年の参加は、アルゼンチン、インドネシア、ケニア、フィリピン、ザンビア、タンザニアでした。和田は「真野地区の産業100年と自治をふり返る」を60分話しました。びっちりの研修のあとの楽しみは、大勢の住民も参加する60名ほどの交流会です。もう10数回続いています。近頃は、研修生が1ヶ月の研修期間中に練習し、みなさんでコーラスを披露してくれます。傘踊りもすっかり板につきました。


111話 JICA研修と交流会

「長田今昔ものがたり」第110話

第110話 須磨寺の法会(閑話休題) 2018年8月18日放送

須磨寺のお盆といえば、大施餓鬼法要もありますが、「四萬六千日燈明会、みあかり観音供養会」が有名です。夕刻には観音さまの形のろうそくが映え、この日にお参りすれば、4万6千日お参りしたほどの功徳があると言われています。11月には、「須磨の火祭り」といわれる「紫燈大護摩(さいとうおおごま)」の行事がおごそかです。もともと山伏が山の中で行っていた修験道の修業が、須磨寺の境内で再現されます。焼け付いた炭の上を、裸足で「火渡り」して厄を払い、無病息災を願います。年の暮れには、先着108名の方で「除夜の鐘」を撞きます。年中行事、話題一杯の須磨のお寺です。


110話 須磨寺四万六千日法要、みあかり観音

「長田今昔ものがたり」第109話

第109話 施餓鬼という行事 2018年8月11日放送

お盆の行事で「施餓鬼(せがき)」という仏教法要があります。俗に、お盆に「地獄の釜の蓋が開く」と言われます。自分の身内が地獄・餓鬼道にいるかもしれない。万人に施せば身内にも施しが届くだろう。近くの宝満寺で「施餓鬼」があり、人々は、葉っぱでお米に水をかけ、供養します。実は、薬仙寺(兵庫区)が「大施餓鬼会、日本最初の道場」と言われています。ここが西国33ヶ所霊場の1番札所で、2番が東尻池の宝満寺です。施餓鬼はお盆だけではないようで、1898年頃、野田村の方が、双子池(大国公園)の埋め立て時に、池にお礼をいう「大施餓鬼法要」をやられています。


109話 施餓鬼の寺

「長田今昔ものがたり」第108話

第108話 日本最初のサナトリウム(結核療養専門の須磨浦療病院)2018年8月4日放送

須磨は空気がきれいで保養地としても有名でした。明治・大正・昭和初期には結核療養病院が3ヶ所もありました。一つは1889年にできた「(現)須磨浦病院」。鶴崎兵三郎先生の創設で、初代院長でもあり、村人は無料でした。もう一つは、転地して保養する機能と旅館が兼営されている「須磨浦保養院」で、正岡子規や高浜虚子も来ています。三つ目は、「敷島紡績結核保養所」で、一の谷にありました。井上さんは、桃などの果樹園が併設され、療養の人が手伝っていたことを、子どものころの思い出としてお持ちです。海岸線には、別荘や結核療養の場所がありましたが、どうも、下町の大人も子どもにも無縁でした。


108話 須磨浦病院、鶴崎邸


須磨浦療病院内の散歩遊園(須磨神戸市編入50周年発行「須磨」より)


須磨保養院(「須磨の近代史:明治・大正・昭和史話」より)

※ 須磨区役所まちづくり推進課と神戸新聞総合出版センターの了解を得て掲載

「長田今昔ものがたり」第107話

107話 池田村の歴史を読む 2018年7月28日放送

わだかんの住む東尻池、となりの西尻池、神社のある長田村、そしてその西の池田村は四カ村(しかそん)と言って共有地(入会地)を持ち、江戸時代から仲良しでした。この中の池田村では、中西政太郎さんの編集で「池田村誌」が1988年に発行されています。弥生時代の昔より兵庫の開港と都会化の話まで、資料も地図も豊富です。1868年1月、「神戸事件」と言って、三宮神社前でおこった備前藩士とフランス兵など異国勢との紛争は、あわや「神戸占領」とまで発展しかねない一大事でした。備前藩は、西国街道を西へ、池田村の「妙楽寺」まで逃げ、本陣としたそうです。この「池田村誌」は図書館や文書館に置いてあります。


107話 妙楽寺(池田)