「音源ライブラリ「長田今昔物語」」カテゴリーアーカイブ

「長田今昔ものがたり」第130話

130話 長田今昔振り返り(閑話休題) 2019年1月5日放送

長田今昔物語は、130話でもって、ひとまずの終了です。須磨の井上勇さんは「即ち、この世は色即是空、空即是色であり『空』である」と締めくくられます。ワダカンこと和田幹司と共に二人で、130回もよう話せました。もう、自己満足の世界です。二人とも、神戸の郷土の歴史研究の会合に顔を出し、大勢の発表を聞きながら、個人の勉強を修正したり、課題を深めたりしています。でも、どちらかと言えば、「我が道をゆく」という性格で、FMわぃわぃのリスナーの方には、聞きづらい場面もあったことでしょう。番組スポンサーの方からは、「須磨・長田・兵庫といった西神戸では、話題がいっぱいあるのですね」と拍手をいただきました。またお話できる機会を願っています。長い間お聞きいただき、ありがとうございました。


130話 井上さんと和田の録音風景の写真

「長田今昔ものがたり」第129話

第129話 須磨の正月風景と四大節 2018年12月29日放送

井上さんが子供の頃、須磨の正月は全く静かだったそうです。除夜の鐘が始まったのも昭和30年以降のことで、当時、須磨土着の人たちは皆「長田神社」に初詣でに行ったと回顧されています。戦前の祝祭日も覚えておられ、四大節を解説されます。今も祝日として残っていますが、まずは四方節(元旦)、2月11日の紀元節(今の「建国記念日」)、続いて4月29日の天長節(昭和天皇誕生日)と、今は11月3日の「文化の日」として残っている明治節がありました。学校では規律の重んじられる式典があって、半ズボンで鼻をすすって参加した記憶があるそうです。春分の日は「春季皇霊祭」、秋分の日を「秋季皇霊祭」と言って、女子校だけが休みの「地久節(皇后陛下誕生日)」もあったそうです。


129話 昭和60年代の大本山須磨寺の正月風景(須磨寺「歴史と文学」より)

「長田今昔ものがたり」第128話

第128話 須磨の天然の恵み、山菜 2018年12月22日放送

井上さんは、きのこや野生のたべものは須磨の天然の恵みと言われます。もっとも、昭和17年(1942年)頃の話です。春には「わらび」、秋には「しばはり」と名付けられたアミタケという保存食材も採れたのです。木いちご(へびイチゴ)、山もも、アケビなど、季節ごとの果物がとれたり、多井畑あたりから売りに来てもいました。須磨寺の裏は、山が連なっています。離宮の裏山や高倉山は水も豊富で、「水脈の山」だったのです。自然と言えば、須磨は「海の幸」も豊富でした。波うちぎわの小魚ですが、「テンコチ」が良く釣れ、祖父がお酒のアテにしていたのを思いだします。


128話 神戸市立須磨離宮公園正門
園内には、旧武庫離宮造営当時、須磨の裏山より移植された「山もも」の木が、巨木となり樹勢している

「長田今昔ものがたり」第127話

第127話 竹伐りと無動寺 2018年12月15日放送

1月17日の新長田駅前の追悼行事では、竹筒で「募金箱」150個を作成し、配布し、翌年に持ってきてもらい、再来年の資金としています。ここ数年は北区山田町の無動寺で竹を取らせていただいています。作業のあとで、国指定の重要文化財を拝見させていただきます。井上さんは、山間部のお寺の改築に力を貸されていますが、自然と人の力があいまって、ふくよかな気分にひたれます。山田の場所自体、昔は西国街道の裏街道として、にぎやかさがありました。聖徳太子ゆかりの神社や、平清盛が足しげく通った場所でもあります。竹伐りボランティアがたくさん来てくれるのも、この「自然」があるからでしょう。


127話 竹伐り風景(無動寺横)

「長田今昔ものがたり」第126話

第126話 ろうそく作りと1.17 2018年12月8日放送

神戸長田に住む人間としては、この時期になると、「阪神淡路大震災」の犠牲者への追悼の思いが高まってきます。今昔物語風にいえば、平安末期にも大地震はありましたが、「方丈記」の鴨長明は、「人は、こんな大悲劇も、時と共に忘れさってしまう」と言っています。震災から4年経った西神戸、特に被害のひどかった長田で、「1.17KOBEに灯りをInながた」の追悼行事が始まり、そのときから今まで「忘れずに」行われています。準備は7月から始めます。7つの学校・幼稚園に、当日使う「ろうそく」を1万個作ってもらいます。1月17日の新長田駅前広場には、若い人が自分の行事として参加してくれるのです。


126話 蓮池小学校でのろうそく作り

「長田今昔ものがたり」第125話

125話 須磨を示す記載の文書(閑話休題) 2018年12月1日放送

須磨の古文書で頼りになるのは「当山歴代」。1170年~1750年にかけての581年間、各住職が須磨寺のことを記録しています。井上さんは1冊目はボロボロになるまで読み込み、2冊目も付箋でいっぱいです。さらに、「兵庫県・神戸市方面委員会須磨区分会」の周年史が1927年から7巻も発行され、いわゆる下町の記録となっています。須磨の桜のシーズンには交通整理がいるほどであったり、迷子がでたとの微笑ましい記述も残っています。昭和3年頃、須磨寺の大池が埋め立てられるということで神戸市会で話題になり、有力者も立ち上がった「須磨寺大池問題・埋立阻止」の市会での記録も興味深いです。


125話 須磨の記録記載のある書籍の一部