~奄美のとって明治150年を問う 第3回 9月15日 再放送 10月20日~
2018年7月から〈奄美にとって明治150年を問う〉シリーズを放送しています。
9月放送の第3回目のゲストは、奄美出身者の動向について研究されている中西雄二さん(東海大学文学部講師)です。奄美出身者にとっての近代150年を語ってもらいました。
FMわぃわぃの配信では9月15日土曜日夕方17時から、そしてYoutubeでも録画いたしました。(10月は都合により3回目の再放送を行いました)
◆(語りA)神戸市には、ほかのヤマト(本土)に比べて多くの奄美出身者が集住しています。ではどうして神戸(尼崎・大阪)に多くの奄美出身者が住みついたかを解説してもらいます。→神戸・尼崎・大阪には多くの労働集約型の重工業(鉄鋼・造船・ゴム等)が蝟集していてその労働力として、西日本の各地、朝鮮半島、台湾などの出身者とともに奄美・沖縄出身者も労働者として働き、やがてここで生活の場を持つようになるのです。
◆(語りB)続いて長田(神戸市長田区)という場所について語ってもらいます。ここは在日韓国・朝鮮人、中国人、奄美出身者を多く受け入れた場所です。最近ではベトナム出身者もコミュニティーを作っています。ではどうしてここ長田が多くのエスニシティを受け入れるようになったのか、その土地柄の特性について、中西さんに語ってもらいます。
◆(語りC)長田は奄美群島出身者が多く住んでいます。主に徳之島出身の人が多いのですが、郷土会という名前の親睦会がさかんに活動しています。この郷土会は愛郷精神にもとずく非営利団体なのですが、かくもさかんに活動しているさまは注目に値します。その活動の行動原理や内容について中西さんに解説してもらいます。
◆(語りD)神戸と関西の郷土会の活動は、奄美の祖国復帰運動(~1953)に顕著に現れました。「一丸」という表現がぴったりの熱のこもった運動でした。しかし最近は、奄美群島から神戸を含めた関西に就職のためにやってくる若者たちが減っているのが現状です。また郷土会活動も、出身者による出身者のための出身者主体の自己目的的な活動が主体だったのですが、最近はすこしずつ変化しています。長田の鉄人広場における「奄美物産展」は地元と組んで地域と一体化したイベントになっています。こうした変化を見ることによってこれからの奄美出身者の動向にも影響がでてくるのかもしれません。