【イスラマバード9日=日比野純一】7月下旬からの洪水で最も被害の大きかった町が、北西辺境州の州都ペシャワールから東に15キロほどのナウシャラーである。このあたりは、パシュトン人の居住地域であり、同じパシュトン人のアフガニ難民もたくさん暮らしている。そして、タリバンが潜む危険な地域でもある。
訪れたキャンプは地方政府によって設置されており、運営は政府の役人と地元のNGOが共同で行っている。当初567世帯が避難していたが、2ヶ月が経過して水が引き、このうち184世帯は住宅再建用の義援金を政府から受け取り村に戻っている。ところが、残りの世帯には義援金はまだ配布されていない。
家が損壊したと認定された世帯には政府から義援金(約10万円)を受け取るための銀行カードが配布され、被災者はそれを使って銀行から現金を引き出すことができる。しかし、そのカードが配られていない地域があったり、配られても銀行で引き出せないなど、トラブルが耐えず、インタビューの最中にもキャンプの内で抗議デモが起こるほどだ。
さらに、アフガン難民の被災者(上の写真)は、パキスタン国籍を持たないため政府による支援の蚊帳の外におかれがちで、もちろんカードは発給されていない。
「FMわぃわぃから」カテゴリーアーカイブ
被災地での生活が始まっている!(パキスタン現地レポート)
【ムルタン3日=日比野純一】洪水から2ヶ月余りがたち、少しずつ水が引き始めています。ムルタンの近くの被災者キャンプでは、すでに50%の人々が自分のホームエリアにかえっていました。
キャンプに残っている人々も工芸品をつくって、それを市場で売りはじめていました。一家総出での作業です。ベッドの素地を4日かけてつくって、200円。月収が3~4千円ですので、家計を支える大きな収入源になっています。
洪水から2ヶ月たっても、、(パキスタン現地レポート)
2010年10月3日(土)18時56分(日本時間)
【カラチ2日=日比野純一】AMARC(世界コミュニティラジオ放送連盟)とPPF(パキスタン・プレス財団)によるパキスタン洪水の被災地支援活動で、 FMわぃわぃの日比野純一が9/30からパキスタンを訪れています。
タタという町の近くの避難キャンプでコミュニケーションニーズの調査中です。
洪水の前、テレビは村に1~2台、ラジオもすべての家にあるわけでもなく、新聞も読んでいない。
被災者の殆んどは、田舎の貧しい農民や漁民です。
水が引き始め、キャンプから村に帰っていくことになりますが、
生活再建のためには、情報は必要不可欠です。
長田区南地域の2010年7月15日の大雨による床上、床下浸水 ボランティア活動終了
2010年7月15日の豪雨による浸水支援活動は、7月17日、そして次の日の18日の2日間で終了しました。たくさんのご参加、そしていろんなお問い合わせありがとうございました。この写真は2日目のボランティア受付テントです。1日目の手袋などがたくさん干されています。
この地域が長田区南部でも浸水した地域で、小さな路地が、まるで川のようになりました。
洪水の後のカンカン照りのボランティア活動は、暑くて大変ではありますが、床下浸水した畳も床下の木材もあっという間に乾くので大変助かります。しかし畳という家の構造は、床下浸水の対応には、フローリングの床と違ってとても便利です。フローリングの床の場合ははがして干すということはできません。
なんと水の力はすごいもので、この地域の路地が川になり、色んなものが流れてきて、家々の小さなお庭の柵に絡み付いています。これをとるのも中々の一苦労でした。
長田区南地域の2010年7月15日の大雨による床上、床下浸水~ボランティアセンター立ち上げ
2010年7月15日夕方の豪雨で長田区の南部の数箇所が浸水しました。16日には早速の聞き取り活動が開始され、17日朝9時からボランティアセンターが設置され、救援を必要としている方々への支援活動が開始されました。
さっそくボランティア活動のためのスタッフとして登録される方々。
床下浸水でも畳を上げてみるとじっとり湿っていることがわかり、さっそく上げて、畳を消毒!
お掃除が終わると粗ごみの山です。