「われら学校放送部」カテゴリーアーカイブ

2018年1月神戸の高校生が福島の高校生に聞きます!福島の声!

神戸市立須磨翔風高校「われら学校放送部」番組は1月と8月に放送を担当します。第3土曜日夕方の4時から4時半までの30分間です。
2011年3月11日以降、FMわぃわぃが出会った福島県南相馬市の原町高校の放送部の放送部員と1月と3月と8月に二つの地域を繋ぐ番組を担当してきてくれました。
今の放送部員の先輩有志は、原町高校を訪問しました。翌年原町高校から神戸に二人の放送部員高校生を招待し、FMわぃわぃの「われら学校放送部」の高校生たちと交流したこと懐かしい思い出です。あれから7年がたとうとしていますが、それぞれの高校の後輩放送部員たちは、まだその繋がりを継続しています。「声」と「声」という姿も見えない「番組」で、遠く離れた、この二つの地域の高校生たちが、時間も超えて繋がっているこの番組を是非お聞きください。

今回も神戸市立須磨翔風高校の1月の番組は、福島県立原町高校との交流番組をお送りします。
東日本大震災から約7年が経ちます。今の高校一年生は当時小学三年生でした。
大人によって語られることが多い被災体験ですが、高校生ならではの視点から振り返ります。

今回は震災当時の様子を振り返り、大人と子供の関わりについて、子供の側から原町高校のお二人にお話ししてもらいました。そしてこれから同じような災害にあったときにどんな行動ができるのかを考えました。

後半では最近の南相馬市の復興状況、最近話題となった「かしまの一本松」について原町高校のお二人にお話ししてもらいました。

神戸市立須磨翔風高校の福島と結ぶ番組、2017年8月から再開!

2017年8月19日土曜日の4時から4時半は、年に3回の神戸市立須磨翔風高等学校の番組です。

2016年4月からインターネットメディアにFMわぃわぃが変わる前まで、翔風高等学校は、毎月第3土曜日の担当でしたが、2016年は少しお休みして、今後年に3回だけの原町高等学校との交流番組のみになりました。
2011年の東日本大震災後、臨時災害FM南相馬のひばりFMの支援にFMわぃわぃが加わったことで福島県立原町高等学校との高校生と神戸市立須磨翔風高等学校の高校生同士の電話中継番組が1月と3月と8月に開始されました。
今までは、1月は神戸の高校生が「阪神・淡路大震災」とその後について考えること、3月は「東日本大震災」について福島の高校生がその体験とその後について考えること、8月は、「戦争と平和」について、天然自然の災害ではなく、人災で1995年や2011年の様な悲しみが起こることについて、それぞれが話していました。
今回は久しぶりに交流番組ということで、今までの振り返りの意味も込めた番組形態となっています。

震災の翌年から始まった,須磨翔風高校と福島県立原町高等学校の交流番組も今回で18回目となります.番組前半では今の高校生とのお話の中で,当時の心境や現在の心境について語っていただきました.後半では過去の交流番組の中から6名の震災体験をまとめて放送します。

今月の「われら学校放送部・楠高校の番組KNG・super」

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11月26日の「われら学校放送部 楠高校のKNG・super」は神戸学院大学のインターン生濱本がリポートします。

楠夜間定時制高校のわれら学校放送部の放送部は放送部顧問の 増住さん、結城さん 北野さん 放送部員の 野々村さん 酒井さん 福光さん 山本さんから構成されています。
放送部のオープニングは、「蛍光灯が照らす教室で若者から熟年生徒までが学ぶ夜間定時制高校(せーの)ここの空気が好き!」というオープニングから始まる。
先ず始めのトークの話題は文化祭について
楠高校の文化祭、所謂「楠高祭」は楠高校で開催される文化祭である。
前日に行われた前夜祭は各クラスのステージパフォーマンスで全学年が発表する場となっている。1年生、2年生の内は恥ずかしがって出たがらないが学年が上がるにつれてステージに出たがるようになっていく。
少人数でステージに上がるクラスもあるがオーディエンスとしては「一致団結」というものが評価されるポイントとしては高い。

今回の放送で出演している北野先生は初めての文化祭で1年生を担当したせいか相当苦労したと語っている。練習の初日は誰も声を出さないなどの苦労話もあった。
今年の本祭は来場者は多く、各クラスが模擬店を出しあって大いに盛り上がったそうだ。
この日の収録は芸術文化鑑賞会の後で出演者皆が疲れているようで放送中に俯いている人も何人かいたようだ。

次にオープンハイスクールの話題へと変わり年に3回開催されているがオープンハイスクール自体は去年から始まったそうだが、実施してからは入学する生徒が増えたので、やってみて良かったと先生は語っていた。

見学に来た保護者や教師、生徒は在校生の案内や紹介で学校を回ったというのが一番評判が良かったそうで、DJの酒井さん自身もオープンハイスクールで入った新入生であり、初め「定時制高校」という言葉のイメージからは怖い所というイメージだったそうだが、実際にオープンハイスクールで学校に来てみると「来やすそう」という印象を持ったと話されていた。

楠高校の良さは、年齢は様々な方がいる中で、どの年齢層であってもその距離感が近いという所にあるそうだ。今年のオープンハイスクールに来ていただいた生徒の約5割が不登校、または不登校を経験した事のある生徒だそうで、この放送している楠高校の放送部の部員が、この話をしている中で頷いている様子が感じられ、実際に不登校を経験して楠高校に入学したが、今こうして放送部に入り、楽しく学校生活が送れているとんだとわかり、楠高校の良さが実証されているように思った。

三つ目の話題は収録の日の出来事で 三校合同芸術鑑賞会の話である。

三校合同芸術鑑賞会とは、摩耶、兵庫、楠、三校によって行われている行事である。この行事は昔から教育委員会がお金を出して現在神戸市にある定時制高校の3校、摩耶、兵庫、楠、で集まり本物を聴かせる、或いは見せるという企画である。
************番組を聴いた後
神戸市立楠高等学校のホームページを検索し、何度も番組内で出てきたキーワード!「ここの空気が好き」という言葉がそこにもあったことに気がつきました。
学校の授業時間としては17時半から21時までの三時間半という時間で私のイメージとしてはそんな長く授業をするというイメージはなく、一つの授業くらいで終わるのかなというイメージでしたので驚きました。実際には写真を見ても真剣に授業に取り組んでいる姿が見られ、とても印象的でした。
とても驚いたのは部活動があるということです。つまり夜間定時制高校と普通高校の違いは朝からやるか夕方からやるかだけの違いだけだと感じました。
部活動の写真を見ても全国大会の出場を決めている生徒もいて、番組の中で不登校について触れていましたが、色々な出来事があって不登校を経験したかもしれないですが、そうやって自分の実力を発揮できる場として楠高校が生徒に選ばれている理由が番組とホームページを照らし合わせていると自分の中で、フに落ちました。
一番印象に残ったのは年齢が離れている生徒同士でも仲良くなれるという点です。普通高校ではまず年齢の差があることがないのでとても素敵だと感じました。
 神戸学院大学 濱本 京佑

みなさんは定時制高校をご存知ですか?「ここの空気がすき」の言葉で始まる番組が再開です。

番組の最初「蛍光灯が照らす教室で、若者から熟年生徒までが学ぶ夜間定時制高校 ここの空気がすき!」このフレーズから始まる神戸市立楠高校の番組が、7月23日から毎月第4土曜日の午後5時から放送です。
kousya1通学期間  4年間
始業時間  17時30分
終業時間  21時00分
部活動    22時00分まで
働きながら、あるいは勉学の場所に再チャレンジなど、様々な人々が集う「学びの場」からの発信です。
ぜひお聴き下さいませ。
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毎週土曜日夕方5時10分からは「われら学校放送部」の時間


2016年3月26日土曜日毎週の土曜日この時間は高校生たちの制作番組です。
2011年の東日本大震災以後、神戸市立須磨翔風高校の学生たちは、福島県立原町高校の放送部との中継番組を制作しています。
今回は先週と2回に分けて、5年目の福島県南相馬市の原町についてお聞きしています。その2回目です。

われら学校放送部神戸市立須磨翔風高校・原町高校との電話中継1

毎週土曜日17時15分からは、「われら学校放送部」の時間。
そして第3週担当の神戸市立須磨翔風高校は、1月3月8月の年3回は、福島県立原町高校との電話中継をしています。
震災5年の福島県原町の様子を、今回は3月19日と3月26日の2回にわたって放送します。
本日はその前半です。
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今回の放送内容は東日本大震災から満5年ということで、この5年間を原町高校の皆さんと一緒に振り返るというものです。
原町高校の生徒さんの被災体験や、印象に残った出来事、復興の進行具合などの話を通して、福島県の高校生の心境や生活を掘り下げました。

*福島県立原町高等学校は、福島県南相馬市原町区西町にある県立高等学校。
2011年
3月11日 – 東北地方太平洋沖地震により罹災
5月09日 – 相双サテライト校(相馬高等学校)
     県北サテライト校(福島西高等学校)での授業開始
10月26日- 相双サテライト校が大木戸校舎へ移転、大木戸校舎での授業再開
2012年3月26日 – 県北サテライト校が大木戸校舎へ移転
地域の中の小高地区は帰還限定地域であり、原ノ町駅には2011年午後3時9分発の「はずだった」特急「スーパーひたち」が駅に停車したままであった。(先日震災5年を経てやっと撤去された)東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で、常磐線は一部区間が津波の被害や原発事故の避難区域となったため、特急を動かすことができず、原ノ町駅に止まったままになった。そしてその後5年間、地域の中の駅には止まったままの特急が存在した!という地域にある高校である。
普通列車もまだ駅に停車したまま、それらの列車は停車したまま放置されていたので、再利用は不可能であるという事である。