「YYJournal 長田の視点」カテゴリーアーカイブ

2020年6月20日「YYJournal長田の視点」コロナ騒動顛末1「あのライブハウスはどうなった!」

本日のゲストは、ライブハウス「チキンジョージ」の常務である児島憲次郎さんと、一緒に音楽活動をされている細川博さんです。今回は、CREW宮本の小中学校時代における同級生の細川さんをきっかけに、児島さんをご紹介いただきご出演の運びとなりました。

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2020年5月YYJournal~長田の視点」第3回 オーストリア、グラーツから「市民性とは何か?」を考える。

世界中がコロナ感染症に染まり、それぞれの地域で、医療活動、経済活動が行われています。
YYJournal~長田の視点論説番組の第3回は、オーストラリア第2の都市グラーツにサバティカル(Sabbaticalとは、使途に制限がない職務を離れた長期休暇のこと)で1年間滞在されている関西学院大学経済学部中川慎二教授に
EU、特にドイツ語圏での市民にむかっての言葉に注目して、お話いただきました。

動画の中で使っている資料
FMyy_KOBE-2020_ver13

*この番組はプロジェクトMの提供でお届けしています。

2020年4月YYJournal 長田の視点~YY論説番組 4月「医療社会学の視点でコロナ感染とコロナ感染対策を考える」

2020年4月のYY論説番組は「医療社会G区の視点でコロナ感染とコロナ感染対策を考える」と題して
神戸常盤大学黒野利佐子准教授にお話しいただきました。

司会進行はFMYY金千秋。コロナ感染症のこわさも伝えつつ、感染症患者への世間の目線、これが魔女狩りのようになりがち。医療は、病原菌やウイルスを見つめるだけでなく、社会の状況、人々の暮らしと共に考えなくてはならない。という視点でのお話です。

YYJournal 長田の視点 2020年3月第1回論説番組「徴用工裁判を人権の視点で見る」

FMYYは1995年1月17日の震災発災時、「すべての人々がこの社会の一員として同じ権利を有している」ということが、実は幻想であり、いろんな場面で声を上げにくい、声が届きにくい人々がいることの気づきから生まれました。
社会をより良いものにしていくための「うねり」を創るため、今回FMYYのできることの一つとして、YYJournal 長田の視点では、2020年3月から、人権に根差した社会を創るための気づきを共有するための論説番組を制作していきます。

2020年3月第1回目は「徴用工裁判から考える人権」
2020年1月発行の世界人権問題研究センター『GLOVE』に寄稿された六甲学生青年センター館長・NGO外国人救援ネット代表飛田雄一さんをお招きして話していただきました。

飛田さんの自己紹介、韓国・朝鮮半島との繋がり。
今回の話の論点「韓国人個人の請求権は残っている」
・「徴用工とは」
朝鮮人強制連行は、1939年から1945年まで募集・官斡旋・徴用の三つの段階で行われた。
・2018年10月30日の韓国大法院の「徴用工」判決。
徴用工として働いた人々が告訴→勝訴
安倍首相は、「彼ら4人は徴用工ではない」
日本政府の反応「国際法違反の韓国」とし、「請求できない」と反論したが、
それは日韓請求権協定だけでのことで、両国政府間でのはなし。
個人からの請求権を破棄するなどということは、国際的常識としてあり得ない。
かつ個人からの請求権は存在する「ある」ということは、日本の国会で、何度も日本政府の答弁、説明、発言は、として存在している。
衆議院
以下はその内容
■1991年8月27日、衆議院外務委員会 柳井俊二条約局長
「日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」
■(1992年3月9日、123回国会予算委員会 柳井俊二条約局長
「日韓両国間においては完全かつ最終的に解決を見たということで合意がなされたということでございます。ただ、いわゆる法律的な根拠に基づかない財産的な実体的な権利というもの以外の請求権については、これは請求権の放棄と申しますことの意味は、外交保護権の放棄ということでございますから、それを個人の当事者の方々が別途裁判所なりなんなりに提起をされる、そういうような地位までも否定するものではないということは、これまでもいろいろな機会に政府側として御答弁申し上げているとおりでございます」

上記が日本政府の立場→日韓条約で失効は韓国政府の日本政府への請求権。韓国人個人の請求権は消滅していない。という答弁。
この答弁の根底には、日本政府としての日本人シベリア抑留者のソ連に対する補償請求を行っている。。。という日本側の状況があった。
1956年日本政府の日ソ共同宣言がある。
政府間の補償要求はできない、が、「日本人個人」のソ連政府に対する請求権は消滅していない、個人でソ連政府に対して、シベリヤ抑留のその過酷な労働に対しての補償要求は日本政府としてと止めるわけにはいかない。なのでそれを日韓間に置き換えた答弁となった。

ではその後の立場は?
・2018年11月14日、第197回国会外務委員会 外務省国際法局長・三上正裕
「柳井局長の答弁を否定するつもりはございません。日本国内の法律をつくって、その実体的な財産、権利、利益については消滅させたわけです。しかし、請求権というのは、そういった財産、権利、利益のような実体的権利と違う潜在的な請求権ですから、それは国内法で消滅はさせられていないということを柳井局長は言ったと思います。/国内法で消滅させたのは、実体的な債権とか、もうその時点ではっきりしている財産、権利、利益の方でございまして、その時点で実体化していない、請求権というのは、いろいろな不法行為とか、裁判に行ってみなければわからないようなものも含まれるわけですので、そういったものについては、消滅はしていない。/したがって、最初に申し上げたように、権利自体は消滅していない。しかし、裁判に行ったときには、それは救済されない、実現しませんよということを両国が約したということだと思います。」
この答弁についてはYouTubeにアップされている。

■youtube
「共産党、 徴用工個人の請求権」で検索。

■記事
赤旗の記事に掲載
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-11-15/2018111501_03_1.html
衆議院該当ページ、政府公式回答
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a197049.htm

2019年11月 YYJournal~長田の視点 YYニュースレター連携企画「表現の不自由」

2019年FMYYニュースレター連携企画「表現の不自由」11月は「メディアに対する違和感」
司会進行はFMYY金千秋、担当は宮川清・信子。


◆現在の日韓関係の冷え込みの発端
日韓請求権 個人補償をどう考えるか
2018年 韓国大法院は新日鉄住金が元徴用工に、損害賠償金の支払いを命じる。新日鉄住金は支払いに応じようとした。しかし日本政府は支払わないよう圧力をかける。
**ドイツは戦争中の強制動員の賠償として、7300億円を「個人」に支払。
1963年 原爆被害者のアメリカに対する個人の被害者救済の請求権を認めた。
1966年 国際人権規約が制定 個人の請求権が国際的に認められる。日本も遅れたが、1979年に批准は、している。
1991年 外務省の国会答弁:個人の請求権は消滅しない
2000年 鹿島建設と中国人元労働者との間で、(花岡事件)和解成立
2009年 西松建設は中国人元労働者に和解金支払い

◆上記の様々なニュース報道に関してのメディアの忖度
メディアとは、本来、権力への監視役でもある。
今のメディアは、記者クラブの制度で政府の広報機関に成り下がっている。
愛国的ジャーナリストが政府発表をそのまま記事にする。
反愛国的な話題を取材するジャーナリストはSNSで叩かれる。
スポンサーの顔色を伺いながらの報道                      伝えるべきものを伝えない。                          伝えるべき時に、芸能スキャンダルなどを大きく取り上げ、伝え方をはぐらかす。  ジャーナリスト魂はどこに消えたのか?

◆国際基準からの遅れ
国連人権理事会から、40もの指摘を受けながら、日本政府は聞き流し。
**国連の人権専門家、報道の独立性に対する重大な脅威を警告** 
ヘイトスピーチ対策
従軍慰安婦問題
外国人技能実習生
女性の地位(世界経済フォーラム(WEF)の2018年版「ジェンダー・ギャップ(男女格差)・レポート」で、日本は149カ国中110位だった。G7諸国で断トツ最下位は変わらない。)
食の安全・・・ヨーロッパでどんどんしよう禁止になっている農薬が、アメリカの圧力で逆に基準を緩め日本へ流入。モンサントの不自然な食べ物

◆歴史に対する考察の欠如
天皇も含めた戦争責任を、問わないまま。
中国侵略、台湾・朝鮮半島植民地化の是非はスルーしたまま。
東北大震災時の原発事故の責任追及はスルー。東電刑事裁判無罪判決
東西冷戦後の世界平和への考察全くなし。
アメリカの言いなり:南西諸島の軍事基地化。

2019年10月「YYJournal 長田の視点」~民主主義を守るとは?~

毎月1回のFMYYとしての社会的問題に対する発信をいろんな方の声と視点でお伝えします。
今月の担当はFMYY理事日比野純一。司会進行はFMYY金千秋。タイトルは「民主主義を守るとは?」

FMYYの求めるところも、すべての人が違いを持ちながらそれぞれが社会の一員としてその人権が等しく守られることです。それは阪神・淡路というすでに25年を迎えようとしている大震災での復興のまちづくりの活動の中で、実はこのまちには本当の意味での民主主義というものが、確立していないということに気がついたからです。
それからのまちづくりは、一人一人が日本国憲法に高らかに謳われている「すべての人々が自分に尊厳をもって生きていく」それができるまちを目指して、たくさんの人々と共に活動してきました。

そんな中で海外の人々との多くの繋がりが生まれ、2009年インドネシアでのコミュニティラジオの人々と出会いました。その後FMYYは海外担当の日比野純一理事が、JICAの草の根プロジェクトで、インドネシアの多くの仲間と出会う中で、彼らが自分たちの国インドネシアという国を、民主国家として維持していくためにたくさんの声を上げ、語り合い、その思いを多様な宗教・人種が共に住む中で紡いでいることを教えてもらいました。

その実情を最近のインドネシアでの民主運動の様子とともに、日比野純一に語ってもらいました。

日本は民主主義の国であり、表現の自由は担保されているはずではありますが、なぜかこの国の空気感は、近頃よく言われる日本独特の「忖度」という傾向であることはいなめません。
忖度は「相手の思いを推し量る、察する」という良い意味合いの言葉ではありますが、現在盛んに使われる意味は「周りを見て、大きな声の人、あるいは力の強そうな人の意見に自分を合わせていく。違和感があっても、間違っていると思ってもそれは飲み込んで、見ないふり、聞こえない振りをする」という意味で使われているのではないでしょうか?!
FMYYは社会にあるいろんな違和感、どうもおかしいということに声を上げていく、民主的な地域、まち、社会を作りたいと強く願い、声を上げてきたいと考えています。
これは、FMYYのその萌芽、阪神・淡路大震災の時、日本に住む定住歴の長い在日コリアンが、日本語、日本文化、日本の制度には問題なく対応できたにも関わらず、「避難所で出自を隠した」というその日本にある他者を排除する空気感を是正する活動の主軸であると考えるからです。