「らの会わぃわぃbyネットワークながた」カテゴリーアーカイブ

2019年12月28日「らの会わぃわぃbyネットワーク長田」震災25年を迎える今、次世代に伝えたいこと。

今日はネットワーク長田の代表と副代表に来ていただき、1年の総ざらえとして、これからの時代の人々に伝えたいことを話していただきました。

石倉悦子さんは、12月12日に開催された『神港橘高校キャリア教育 地域からぶ学! 地域課題の解決を目指せ「橘タウンミーティング」』ここでの出会いの話をされました。
FMYYも毎年およびいただき、CODEと合わせて、やはり神戸の高校にとって、阪神・淡路大震災ということは、大きなキーワードなんだと再確認します。
今年はいろんな話をする人の中に、神港橘高校の3年生がいたり、甲南大学の大学生がいたりとしたことは、非常に大きなことであると思いました。
また石倉泰三さんが、「地域防災」とは「多様な人々が地域生活をしていることの実感・体感」問うことをおしゃったのには深く共感するところです。
地域の人々が顔を合わせ、あいさつを交わす!年齢・性別・国籍・障がいを越え、いろんな宗教心情をもっていても、それはそれとして違いを持ったままの人々が、顔を合わせ声を掛け合う=あいさつをする・・・それが誰もが住みやすい、誰も排除されない、誰にとってもそのまちが自分の住むところだと感じることのできる強くて豊かなまちであると考えています。
FMYYは、そんなまちを共に作るため、ヒントや気づきの声を今日もあなたのもとへお届けしています。

2019年10月26日 らの会わぃわぃbyネットワーク長田


本日は石倉悦子さんが「おやつはべつばら」会場からお越しくださいました。ご一緒に来られたハロウィンコスチュームの方はえほん伝承師+あそび伝承師のみしままさこさん。


須磨区を元気にする会での悦子さんと出会い、それからの仲良しだそうです。
今回は月見山商店街、須磨寺商店街での「HappyHalloweenParty」にも悦子さんは立ち寄り、彼女と同行されたようです。Activeです。☆長田の寅さんは旅に出ています。

「おやつはべつばら」会場のくららのパンを差し入れにおいでくださいました。おいしくおいしくいただいた、フウ天の寅パンとプチパン!!
このプチパンが1995年の阪神・淡路からの原点です!!
来月は「あの日の思いやりの心を忘れぬために」一七市拡大版2019!!25回目の開催です。☆1回目は1995年11月17日!!

2019年らの会わぃわぃbyネットワーク長田~誰でもサーキットに出てみたい!を実現。

毎月1回のらの会の番組、9月は10月14日月曜日祝日に開催される「Safety Driving Festa(SDF)」の紹介でした。

この行事の実行委員長、プロのドライバーの福永修さんのキャッチフレーズは、
「自動車というツールを使って障がい者も健常者も関係なく、とにかくみんなで楽しく!とにかく走る!という意味を込めて『Let’s Together 一緒に走ろうや!』
です。

2019年8月24日「らの会わぃわぃbyネットワーク長田」


本日は「ネットワーク」=「繋がり」について、それが一番一般的に弱い立場と言われる人々の力を強くするという話。

その始まりはやはり「阪神・淡路大震災」
障がい者の人々は支援されなくてはならない…という意識が、石倉泰三さん自身にもあった1995年。
阪神・淡路大震災でまちのあちこりで行われていた炊き出し。
パン屋さんという業態のくららべーかりーは、パンの炊き出しを行った。壊れたまちで配給されていた冷たいおにぎり、固くなったパン、もちろんそれも本当にありがたい配給物資だったのは確か!!だから「固い」や「冷たい」なんて声を出すことはできなかった。
そんななか、くららベーカリーは、無添加、焼き立てのパンを炊き出しとして提供した。もちろんそれがくららの人々のできること、できたことだから。
炊き出しのパンをもらった人々はその温かさ、柔らかさに涙し「ありがとう」の言葉をかけてくれた。
支援される人々は、決してそれだけではなく、人に感謝されたり、人を支援することもできる。それを石倉さんに強く教えてくれた「阪神・淡路大震災」
人は弱いだけではなく、強いだけではなく、いろんな凸凹があり、それを多様な人々と繋がることで、凸と凹が重なり合い、強い力になっていく。
あの時の思いが今も、石倉さんのいろんな人と人を繋いでいく活動の源泉なんだとじんわりじっくりわかる30分でした。
お話の中に出てきたNPO法人わだち
お話の中に出てきたNPO法人スロラニュプロジェクト

2019年8月24日「らの会わぃわぃbyネットワーク長田」


本日は「ネットワーク」=「繋がり」について、それが一番一般的に弱い立場と言われる人々の力を強くするという話。

その始まりはやはり「阪神・淡路大震災」
障がい者の人々は支援されなくてはならない…という意識が、石倉泰三さん自身にもあった1995年。
阪神・淡路大震災でまちのあちこりで行われていた炊き出し。
パン屋さんという業態のくららべーかりーは、パンの炊き出しを行った。壊れたまちで配給されていた冷たいおにぎり、固くなったパン、もちろんそれも本当にありがたい配給物資だったのは確か!!だから「固い」や「冷たい」なんて声を出すことはできなかった。
そんななか、くららベーカリーは、無添加、焼き立てのパンを炊き出しとして提供した。もちろんそれがくららの人々のできること、できたことだから。
炊き出しのパンをもらった人々はその温かさ、柔らかさに涙し「ありがとう」の言葉をかけてくれた。
支援される人々は、決してそれだけではなく、人に感謝されたり、人を支援することもできる。それを石倉さんに強く教えてくれた「阪神・淡路大震災」
人は弱いだけではなく、強いだけではなく、いろんな凸凹があり、それを多様な人々と繋がることで、凸と凹が重なり合い、強い力になっていく。
あの時の思いが今も、石倉さんのいろんな人と人を繋いでいく活動の源泉なんだとじんわりじっくりわかる30分でした。
お話の中に出てきたNPO法人わだち
お話の中に出てきたNPO法人スロラニュプロジェクト

2019年7月7日「らの会わぃわぃbyネットワーク長田」ゲストと石倉夫妻!

本日は石倉夫妻とゲストの神戸学院大学4回亀山君

石倉夫妻の深い話。作業所を作りたかったその理由。
そして制度だけではできない「誰でもが共に生きる人として暮らすことのできる社会」
それを求め、そして障がいにきちんと向き合うための取り組みを実行すること。悦子さんにとって、それは障がいを持つ妹を見つめる映画を撮ること!それは実は自分の心を見つめること、自分の心の中にあった障がいに気づくことになった!!
この石倉悦子監督のドキュメンタリー映画上映会「モトプロ映画祭2019inSUMMER」

そしてFMYYの番組のヘビーリスナー、タイのタンマサート大学の日本語教師江崎正さんとの繋がり。インターネットメディアの可能性、というよりFMYYの求める「誰もが住みやすいまちづくり」という思いに共感する人々を繋ぐ!が実現している感じがします。