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教育や子育てに関連する、または子どもたちが出演する番組。

震災特別番組25年「関西学院大学山中速人研究室/FMYY共同制作シリーズ~ふたつの災害を越えて」10年前に学生制作番組の追跡取材番組 その5/5(山中ゼミ3)


**お詫び**
収録時のマイクの調子が悪く、取材相手の李玉順さんの声が聞き取りにくいものとなっております。
再度音声を調整したものを、再アップしておりますので、そちらでお聞きくださるようお願い申し上げます。

動画リンク

制作者:関西学院大学総合政策学部メディア情報学科山中速人ゼミ3年
    中越陽香、辻野賢登、江頭舞、白髪里佳、小松将大

協力者:李玉順氏

タイトル:「~ふたつの災害を越えてここで暮らす、ここで生きる。~謂れなき差別を受けてきた在日韓国人~」

秋学期も関西学院大学ではコロナウイルスが終息しない状況を鑑みて
オンライン授業が引き続き行われていました。
収録以外のミーティングは全てオンラインで進められ、取材対象者が高齢ということもあり取材、スタジオ収録はそれぞれ感染対策を徹底し一日ずつ二日でおこなうことになりました。

ふたつの災害、阪神・淡路大震災、コロナウイルスの感染拡大と性質の異なる災害ではありますが、深刻な事態に直面した時に外国人などへの差別意識が浮き出る日本の風潮というところに共通点を見出しました。
在日韓国人として阪神・淡路大震災やそれ以前から差別や偏見を受けてきた李玉順氏への取材を行い、どんな人生を歩こられたのか、日本で生まれ日本で暮らす外国人として、同じ日本に暮らす日本人とどのように関わってきたかをまずはお尋ねしました。

撮影クルーはもちろんのこと、李氏が高齢であるため収録現場では全員マスクと手袋の着用、体調管理を徹底して撮影はおこなわれました。
当初は李氏とインタビュアーの間隔を2メートル以上空けた状態でマスクを外してもらう予定だったが、李氏が着用を希望したためその意向に従うこととしました。
そのため、横顔を映す予定だったアングルを目元のアップで撮るように変更し、目の表情を印象的にするため編集段階でも目元のカットを意識して組み込むということをいしきしました。

私を含め若い世代は在日韓国人に対する差別意識が上の世代よりも薄いことで、かえって差別の歴史や現在起きている差別に対して無知、鈍感であるのでは。。。ということを
念頭において制作に取り組むことをクルーで共有していました。
自分たちは、差別の加害者ではない!だから他人事なのではなく、在日差別やそれ以外のあらゆる差別に対し問題意識を持つきっかけになることを目標として番組を制作しました。

震災特別番組25年「関西学院大学山中速人研究室/FMYY共同制作シリーズ~ふたつの災害を越えて」10年前に学生制作番組の追跡取材番組 その4/5(山中ゼミ2)


制作者
ディレクター/監督:瀬戸山周
リサーチャー/構成:芳岡智昇
インタビュアー:永沼美菜
動画編集:星円
音声:岡田愛未
カメラ:宮本隼輔

協力
インタビュー対象者:安本久美子さん
撮影協力:FMわぃわぃ、カトリックたかとり教会、たかとりコミュニティセンター

タイトル:『被災者にとってのコロナ危機〜2つの災害を乗り越えた先に何を見る〜』

私たち学生は、コロナウイルスが蔓延し始めた当初から兵庫県三田市で一人暮らしをしているものが多いです。
ディレクターである私も、大学での授業はオンラインに切り替わり、アルバイトもほとんど休業状態となっていたため3月〜5月の期間はほとんど家で過ごしていました。
番組制作は7月から始まり、インターネットでの取材を重ねて、リアルな実際の撮影は11月にたかとりコミュニティセンターで行いました。

当番組では10年前に震災での体験について、先輩たちがお話を伺った方に改めて追跡取材を行うというものでありました。
阪神・淡路大震災とコロナ危機、これらの未曾有の災害が被災者の方の価値観や人生観にどのような影響を及ぼしたのかについて、個人に寄り添った視線だからこそ得られた記録をお伝えすることを目的としています。
取材は被災者の方とインタビュアーの対談形式で執り行い、リラックスした中で被災者の中の心の内を引き出せるよう話していただきまいた。

このコロナ禍のため、事前の取材はzoom会議を利用して行いました。
実際にお会いして取材を行うことが出来ず、深く掘り下げることが難しいのではないかと思われましたが、安本さんから様々な体験談を語っていただいたことで番組制作の指針を上手く作り上げることが出来たと思います。

当日の取材はたかとりコミュニティセンターをお借りして感染対策を施した上、安全に気をつけて撮影しました。
2つのカメラを使って安本さんとインタビュアーの2人が映る画面と安本さんにフォーカスしている画面の2画面を用意し、話している内容ごとにスイッチしやすいように工夫しました。
編集に際しては動画のカット割りや音声の調整などチームメンバーに手助けして貰った所が多く、非常に感謝しています。

私自身ディレクターという立場で番組制作を行ってみた中で、感じたことを以下です。
自分で出来る範囲のことをきっちりやることと、出来ないことはチームメンバーに仕事として振り分けることのバランスが大事なことを実感しました。
対象者との日程調整やチーム内での仕事の振り分けなど調整役としての様々なタスクをやる一方で、私は動画編集スキルがほとんどないため、チームメンバーにどの部分を使いどの部分の音声を取るか、などの指示出ししか出来なかったことが悔やまれます。
来年は自分1人で番組制作を行うのでそれまでに編集能力をつけておきたいと考えています。

番組制作にあたってインタビュアー対象者の安本さんやチームメンバーを始めとして撮影場所の提供や撮影ノウハウなど、多くの方々に助けられ無事番組が完成したことを非常に嬉しく思うと共に感謝をお伝えたしたです。
番組として被災者の方の思いを伝えられる内容になってると思うので是非多くの人に見ていただきたいと思っています。

震災特別番組25年「関西学院大学山中速人研究室/FMYY共同制作シリーズ~ふたつの災害を越えて」10年前に学生制作番組の追跡取材番組 その3/5(山中ゼミ1)

制作者:関西学院大学総合政策学部メディア情報学科
    日下まりあ、中城健太、藤田広希、山﨑聡一郎、吉山菜々子
取材対象:為岡務さん

タイトル「ふたつの災害を越えて~現代にも生きる、人とのつながり・助け合いの大切さを阪神淡路大震災に学ぶ(為岡務さんインタビュー)~」

私たち学生は、部活やアルバイト、就活の傍ら、自宅で授業を受ける日々を過ごしています。大学が完全オンライン授業だったため、今回は、ほぼ対面することなく、自宅に待機しながらオンライン上(ZOOM)でのグループミーティングを重ねて番組制作に取り組みました。

長田区在住の為岡務さんに、震災当時、またボランティアや消防団等の経験から、
コロナ禍の現代にもヒントとなる「過去の震災から学ぶこと」「事前の防災」「人とのつながり、人への思いやりを大切にすること」についてお話を伺い、それらを学生の視点からインタビュー番組として構成しました。
発生から間もなく26年を迎える阪神淡路大震災の出来事を再度心に留め、
経験者から得られた教訓を受け止めて、震災を記録に残していくことの意義についても考えるきっかけとなれば幸いです。

インタビュー収録前に2度に渡って、為岡さんとの懇談(ZOOM)の機会を設け、
お話を文字に起こして学生同士で読み合う等、為岡さんのメッセージを引き出すことを重視しました。
またシナリオを作り込まず、学生のコメント部分も、できるだけ本人の自然な感想を残すよう心掛けて構成を練りました。カメラワークでは、為岡さんの表情をしっかり写せるよう意識しました。

インタビュー内容の理解や、構成への意見交換・確認の機会を大切に進めてきたことで、
制作メンバー全員が番組への関わり・貢献を実感できる番組制作になったと感じます。
阪神・淡路大震災を直接知らない世代の私たちが、為岡さんから教わった「助け合いの精神」を、番組という形で社会へ届けることができるのは、私たちにとっても学びであり、
やりがいのあることだったので、経験できて良かったです。

震災特別番組25年「関西学院大学山中速人研究室/FMYY共同制作シリーズ~ふたつの災害を越えて」10年前に学生制作番組の追跡取材番組 その2/5(津田ゼミ2)


制作者:三砂安純班 関西学院大学総合政策学部メディア情報学科津田ゼミ
取材者:觜本郁さん 神戸の冬を支える会
​    藤本幸二さん 新生屋精肉店
「私たちが考える“震災の伝承”」

新生屋精肉店を営む藤本さんはコロナ渦でも店を開け続けたと話していました。
「病気なんかは怖ない」と話していた藤本さんの言葉に震災当時の想いを感じ私にはズシンとくるものがありました。
觜本さんは「震災時とコロナは違うようで全く同じ」感染症でも災害時でも制度の枠からはみ出てしまう人がいる。そんな方々の支援を行っています。

番組の狙いとしては、この番組をみて、震災当時の恐ろしさ、絶望感を感じ、今の何気ない毎日がどれだけの人達の犠牲の教訓からあるものなのかと感じてほしいです。
そして私自身、震災を伝える活動を3年間行い、災害をこれから伝えていく世代として、自分が被災した後だけでなく、避難所に行った時に社会的マイノリティの方々に出会ったら?
これからを生きていく世代に改めて考えてほしいトピックです。

私自身撮影があまり得意な方ではないので、協力を頼んだのですが、
それでも最後のお二人からいただくメッセージはこの番組を見てくださった方々に向けたい想いがありました。
経験した人たちへは被害の大きさに関わらず当時の話を伝える重要性、当時を経験せず、
これからを生きていく人々へは、当時、犠牲になった人たちがいて今があることを忘れない、
そして社会的に制度から外れてしまう人たちがいる問題を考えることを伝えるための編集を心掛けました。

制作を終えて感じるのは、まずこの制作に携わることができたことに感謝しています。
取材を快く了承してくださった藤本さんと觜本さんも大変お世話になりました。
ご協力ありがとうございました。

この経験は自身の糧になり、“震災を伝える”ということを改めて考えさせられました。
この取材で私も初めて被災後の社会的マイノリティや被災後に制度から外れた人々の存在を知りました。
この番組が見てくださった方々にとって私と同じように震災の新たな側面を知るきっかけになればいいなと思っています。
まだまだ私自身も震災について知らないことがたくさんあります。
この好奇心と謙虚な姿勢を忘れず、震災を伝えていきたいです。その中でも取材に協力してくださる方々の想いを尊重し、伝えていきます。

震災特別番組25年「関西学院大学山中速人研究室/FMYY共同制作シリーズ~ふたつの災害を越えて」10年前に学生制作番組の追跡取材番組 その1/5(津田ゼミ1)

制作者:関西学院大学総合政策学部メディア情報学科津田研究室 
    近藤理菜、山中碧生、宗田凜花、岡本貴登
タイトル「25年の軌跡~阪神淡路大震災体験者の追跡記録~ 」

私たちは兵庫県でコロナ危機を過ごしました。
大学は感染防止のためオンライン授業となり、外に出ることが少なくなることで、人と直接会う機会が減りました。
先生や仲間とは画面上や文章でのやり取りを行いました。

今回のねらいは、2011年に関西学院大学山中研究室の先輩、後田貴代さんが行った阪神淡路大震災の体験者からの聞き取りを、10 年後の 2020 年に再度試ることでした。
私たちは当時大学生だった吉田めぐみさんを取材対象者にしいと希望しました。

彼女は2020年に結婚され、時間的な余裕も生まれ、広い視野を持てるようになり、今まで他人事だと感じていた社会問題にも興味を持つようになったと話してくださいました。
そして、自身が今社会で起こっていることに興味関心を持つことの大切さを実感しているので、若い私たちが、自分の話で震災の実態を知るきっかけづくりになればと、私たちの取材を受ける気になったとというメッセージをくださいました。

アーカイブ映像、写真、音声を利用し、カメラで撮影した映像を制作しました。
充分な感染対策をしてのリアルインタビューのシーンでは、吉田さんの話す時の表現をしっかりとおさめられるよう、カメラ2台を使いました。

私たちはこの取材を通して、彼女が芯の強い女性であると感じました。
彼女の話の中での 「興味関心を持ってほしい」という言葉が強く印象に残っています。
阪神・淡路大震災を経験してい ない人たちは、震災体験者からの話でしか学ぶことができない。私たちは震災に対して、興 味関心を持たなければ震災体験者の話を聴いたり、震災を学んだりすることもないだろうと思います。
彼女の震災からの 25 年間に中で紡がれてきた思いが、私たちが強く心に響いたように、この作品で他の学生たちにも「興味関心を持つきっかけ作り」になればと思っています。

1995年阪神・淡路大震災は、自分のできること、それを行動に移す「日本のボランティア元年」であった!

日本は災害大国である。災害対策は国が、専門家が行う、というそれまでの常識を覆す災害が1995年の阪神・淡路大震災がはっさいした。

1923年9月1日「関東大震災」という大都市でに震災。
その後の近代的な時代に入った1995年1月17日発災の「阪神・淡路大震災」
この「ふたつに震災」は都市直下型ということでは、似ているが、時代の流れの中で
大きな転換があったことを指示している。